高松高等裁判所 昭和32年(ネ)204号 判決 1959年4月08日
控訴人 原告 客野豊 外一名
訴訟代理人 泉田一
被控訴人 被告 客野忠之進
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人両名の負担とする。
事実
控訴人両名代理人は原判決を取り消す被控訴人は控訴人客野豊に対し請求を減縮して松山市石風呂町大字寺ケ谷一〇八六番地の田一反五畝一六歩のうち被控訴人占有の約五畝歩を、同客野修に対し同所一〇六六番地の田一反二六歩を各明渡せ訴訟費用は第一審第二審共被控訴人の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は
控訴人両名代理人において
昭和二八年一月ごろ、当事者間において控訴人客野豊が東京麻布獣医学校へ入学するについて、被控訴人がその学資を負担し、かつ当事者らの両親の扶養をもなすこととし、一方控訴人両名は被控訴人に対し、それぞれ自己所有に係る本件係争地を贈与する旨の口頭契約がなされた。ところが現実に右物件の授受を了しないうち、控訴人客野豊の右学校の合格発表後である同年三月十日ごろ、被控訴人より右契約破棄の申出がなされたものである。と補陳し、
被控訴人において
(一) 控訴人両名の当審における新主張に対し、被控訴人が控訴人ら主張の学資負担及び両親の扶養を一旦約束した事実は認めるが、それについては控訴人ら主張の本件係争農地二筆のほか、松山市石風呂町所在の宅地建物その他農地七筆の不動産全部を控訴人両名及びその父客野金次より被控訴人に貰い受ける約束であつたところ、同二八年三月頃控訴人客野豊の方から入学を断念して依然百姓をしたい旨の申出があり、右約束は実行されなくなつたが、被控訴人はこれまでに農地の一枚も親からもらつていないので、この機会に農地の一部を貰いうけたいと控訴人両名及び父金次にも交渉した結果、同年四月同人らより本件農地と父金次名義の農地各一筆の贈与を受けることに話がまとまつたものである。そして本件係争土地については、そのころ控訴人両名からそれぞれ実地の引渡を受け、爾来被控訴人においてこれを占有耕作しているのであつて、控訴人主張のように暴力をもつて土地を取りあげたような事実はない。それ故に同二八年以来、地元農業会は本件農地の耕作者を被控訴人として取り扱い、米の供出も被控訴人においてこれをしている情況である。またこの事実は控訴人客野豊がその後二年近くを径過した同三〇年一月にいたつて、任意贈与に関する県知事の許可申請をしたことからも疑ないのであつて右贈与があたかも条件付贈与であつたとの控訴人らの主張は虚偽である。
(二) 次に知事の許可取消の点については、被控訴人が原審で詳しく述べたのであるが、仮りに知事のした許可取消処分が有効であるとしても(元来この贈与が知事の許可を停止条件としたものである以上)、これが取消によつて贈与そのものの私法的効力までも否定される筋合ではないから、この一事によつて直ちに被控訴人の土地占有が不法となり、当然返還義務を生ずるにいたるものとは到底考えられない。と訂正補陳し、
たほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
立証として控訴人両名代理人は甲第一、二、三号証、第四号証の一、二を提出し、原審証人尾加清一、当審証人客野金次、同客野ヤス、同田中績、同毛利正光の各証言、原審並びに当審における控訴本人客野豊(原審は第一、二回)、同控訴本人客野修(原審は第一、二回)の各供述を援用し、乙第十号証は不知にしてその余の乙号各証の成立並に第三号証の原本の存在を認めると述べ、被控訴人は乙第一号証ないし第五号証、第六号証の一ないし九、第七、九号証の各一、二、第八号証の一、二、三、第十号証を提出し、原審証人三好和政、当審証人毛利正光、同客野忠之、同井手内薫の各証言、原審並に当審における被控訴本人の各供述を援用し、甲号各証の成立を認めると述べた。
理由
(一) 控訴人客野豊は松山市石風呂町大字寺ケ谷一〇八六番地の田一反五畝一六歩(本件(イ)の田と称する)同客野修は同所一〇六六番地の田一反二六歩(本件(ロ)の田と称する)、についていづれも昭和二五年三月二日自作農創設特別措置法第一六条に基く売渡を受け、爾来これを占有していたものであるが、被控訴人は同三〇年一月ごろから本件(イ)の田のうち控訴人主張の約五畝歩を、また同二八年五月ごろから本件(ロ)の田をいづれも占有していることは当事者間に争がない。
そうして成立に争のない甲第一、二号証、第四号証の一、二、乙第一、二号証、第四号証、第六号証の一ないし六と当審証人客野ヤスの証言の一部、当審証人客野忠之の証言、原審並に当審における被控訴本人の各供述並に弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人両名及び被控訴人(長男)は訴外客野進(次男)と共にいずれも訴外客野金次、同ヤスの子で互に親子、兄弟の間柄にあること、昭和二十八年一月ごろ、当事者双方を含む右親子兄弟の間において、控訴人客野豊が神奈川県所在の麻布獣医大学に入学するについて、被控訴人がその学資を負担し、かつ当事者らの両親を扶養することとし、それについては控訴人両名及び訴外客野金次らから被控訴人に対して本件(イ)(ロ)の農地(但し(イ)の田のうち前記五畝歩を含むその一部とする)のほか松山市石風呂町所在の家、屋敷その他の農地等数筆の不動産(訴外客野進名義のものを除く)を贈与する約束が成立したこと、ところが同年三月ごろ控訴人客野豊の方から右学校への入学を断念して依然農業に従事したい旨の申出がなされたので右約束は互に実行されなくなつたこと、そこで被控訴人は控訴人らの長兄でありながら、両親との折合が良くなかつたこと等もあつて、父客野金次からなんらの財産も与えられず、昭和二七年一〇月ごろには、父客野金次所有財産の大部分が控訴人両名らに贈与されてしまつていたので、この機会に農地の一部を贈与されたい旨控訴人両名及び訴外客野金次に強く交渉した結果、同年四月ごろ、被控訴人は控訴人客野豊から本件(イ)の田(但しそのうち本件係争の約五畝歩)を、同客野修から本件(ロ)の田を、父客野金次から同人名義の農地二筆の各贈与を受け、控訴人両名からそれぞれ前記日時実地の引渡を受け、爾来被控訴人においてこれを占有耕作しているものなること、そうして右農地の所有権移転についての知事の許可申請手続一切につき被控訴人より委任を受けていた控訴人両名のした同三〇年一月一四日附右申請(乙第一、二号証)に基き同年三月三〇日本件(イ)の田(但し本件係争の約五畝歩を含む一反一六歩の部分)及び(ロ)の田につき農地法第三条の規定に基く控訴人両名と被控訴人との間の所有権移転についての知事の許可を受けたことが認められる。原審証人尾加清一、当審証人客野ヤスの各証言、原審並に当審における控訴本人客野豊(原審は第一、二回)同控訴本人客野修(原審は第一、二回)の各供述中右認定に牴触する部分は前示各資料に対比すればたやすく措信し難く、他にこれを覆すに足る証拠はない。
控訴人両名は右許可申請手続はすべて控訴人両名が、被控訴人の承諾なくして一方的にこれをなしたものであるから、これに対してなされた知事の許可は無効であり、したがつてたとえ贈与があつたとするもその効力を生じない旨主張するけれども、右許可申請手続は被控訴人の承諾を受けて控訴人らがしたものであることは前認定の通りであるから、該手続には控訴人主張のような瑕疵はないものというべく、したがつて、これがために前記許可の効力に消長なく、控訴人らの主張は採用しない。以上認定の通り被控訴人は昭和二八年四月控訴人両名から本件(イ)の田(但し前記約五畝歩)及び(ロ)の田の贈与を受け、そして同三〇年三月三〇日知事の許可を受けたのであるからその所有権を取得したものである。
(二) しかして前記知事の許可は昭和三一年二月一八日取り消されたことは当事者間に争がなく、控訴人両名はこれにより右知事の許可は失効し、したがつて右贈与も無効となつた旨主張するので検討するに、原本の存在並に成立に争のない乙第三号証と、原審証人三好和秋の証言、原審における控訴本人客野豊(第二回)の供述の一部、原審並に当審における被控訴本人の各供述を綜合すると、右知事の許可取消処分は、控訴人両名において被控訴人の承諾を受けないで同人の意思に反し同人名義を冒用し、控訴人両名並に被控訴人等連名の控訴人両名並に被控訴人ら間に前記許可申請を取り下げる合意が成立した旨の虚偽の事実を記載した許可取消願書を偽造して提出したため、知事において右当事者間に許可取消の合意が成立したものとの錯誤に陥つた結果なされたものであつて、もとより右許可処分に法律上の瑕疵があるものとしてなされたものでないことが認められ、原審並に当審における控訴本人客野豊(原審は第二回)、当審における控訴本人客野修の各供述中右認定に反する部分は前示各資料に対比すればたやすく措信し難く、他に右認定を動かすに足る証拠はない。元来一旦有効に成立した行政処分は、それが詐欺強迫その他不正手段によつて行われた場合、ないしは該行政処分に内容の錯誤その他法律上の瑕疵がある場合でなければ、処分行政庁は原則として爾後これを取り消し得ないものである、殊に本件のように農地所有権移転の許可処分のなされた後は、知事が右許可処分を取り消すには、特段の事情のない限り右許可処分によつて農地の所有権を取得した権利者の承諾があることを要するものと解するを相当とする。
しかるに本件知事の許可取消処分は、法律上の瑕疵その他前記のような事由に基いてなされたものではなくして、右許可処分によつて右農地の所有権を取得した被控訴人において前記許可申請を取り下げる意思がなく、したがつて右許可処分の取消を承諾していないにもかかわらず、控訴人両名の一方的な虚偽の許可取消願書の提出によつて、被控訴人において右許可取消処分を承諾しているものとの知事の錯誤に基いてなされたものであつて、他に特段の事情も認められない。そしてその瑕疵は重大且つ明白であるというべきであるから、右知事の許可取消処分は無効といわなければならない。
したがつて許可取消処分により前記贈与が無効となつた旨の控訴人両名の主張は採用しない。
更に控訴人両名は、本件贈与は書面によらない贈与であるから本訴においてこれを取り消す旨主張するけれども、既に本訴提起(昭和三一年二月二二日)以前において控訴人両名が本件農地をそれぞれ被控訴人に引渡ずみであることは前認定に照して明らかであるから、最早これを取り消すことはできない。よつてこの点に関する控訴人両名の主張は採用しない。
叙上説示によつて被控訴人は控訴人両名に対し本件(イ)の田(但し係争の約五畝歩)及び(ロ)の田を返還すべき義務のないこと明らかであるから、これが明渡を求める控訴人両名の本訴請求はその余の点の判断をまつまでもなくいずれも失当として棄却すべきものとする。
以上認定の範囲において右と同一結論に出た原判決は相当にして本件各控訴は理由なく棄却することとし、民事訴訟法第三八四条第八九条第九三条を適用して主文のように判決する。
(裁判長判事 谷弓雄 判事 浮田茂男 判事 橘盛行)